2010年09月09日

プロフィールA

小学校に入ってからは、
学級委員、児童会長、委員長、子供会長
などなどありとあらゆるリーダー的な
役割ばっかりに進んで立候補しました。

目立ちたがり屋だったのもそうだけど、
難しそうなことにチャレンジするのが
大好きな自分としては
多くの個性を持ったみんなを
ひとつのクラスとしてまとめて
運動会やら、文化祭に
一緒に取り組むっていう大事業に
すごいやりがいを感じていました。

そのときの私は
大声をだしたり、怒ったりすると
みんながまとまると勘違いしていたところがあって
何人もの友達を泣かせたり、喧嘩したりしながら
先生も困らせながら
それでもやっぱりそういうトラブルさえも
とてもやりがいを感じることのひとつで
児童会とか委員会のことをやるのが
本当に好きでした。

そして、小学校のとき、8歳はなれの弟と
10歳はなれの妹もうまれました。

でも、私は結構自分の勉強を優先させて
2歳はなれの妹が弟たちの面倒をみてくれていました。

だから、2歳はなれの妹は
本当にしっかりしていいこに育って今もすごく尊敬してます。

2歳はなれの妹のおかげで、私は家の手伝いよりは、
勉強をやらせてもらうことができました。

好きな勉強をして、好きな活動をして
忙しかったけど、悩むこともいっぱいあったけど

私の胸には夢があったから、
くじけずにがんばろうって思いました。

そのときの夢は、
日本初の女性総理大臣になることでした。

友達に行ったら、
本当にばかにされたし、
自意識過剰だといわれたし、
冗談だと思われていました。

だけど私は本気だった。
なぜなら、世の中を変えられるのは
お金と人をたくさん動かせる
政治家か、経営者(そのときはなんか企業の人、と思っていたと思うけど)
しかいないと思っていたからです。

(それに、政治家になるのがどんなに大変なのか
全く知らなかったし)


世の中よくしたい、とかいうと、本当にばかにされました。

自分と自分の家族も幸せにできないのに、
そんなことできるはずないよ。って。
まずはまじめにはたらして、
家族が幸せにできてからそういうこといいなよって。

だけど、今ここで戦争が始まったとしたら
自分と自分の家族だけ戦争に参加しない
ということは絶対できないのです。

今すんでる国全体が環境汚染とかウイルスとか
異常気象かなんとかで
病気の人が増えて
近所の人たちがバタバタ死んでいったとしたら
自分と自分の家族だけ家にこもって
扉をテープとか木で頑丈にかためて
そとから菌やら人やら入ってこないようにして
家族を守るとか
そんなことできないし、幸せっていえないんです。

だから、自分と自分の家族だけ
幸せにしようとする考え方は
聞こえはいいけど、本当にナンセンスだと
私はずっと思っていて
どんなに嫌なことをいわれても
それでも考えを曲げませんでした。

それで、やっぱり勉強と
地域や学校の活動をして
周りの友達や大人と一緒に
つながって何かやることを
一生懸命やっていました。
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posted by Early bird at 12:59| Comment(0) | プロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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