2014年02月10日

原動力

土曜日、雪の日に、子供達が珍しく18時に就寝したので
主人が帰宅してから、二人で映画を見ました。
見た映画は、
「千と千尋の神隠し」

私がこの映画を初めて見たのは中学3年のとき。
内容は
最初のほうでお父さんとお母さんがブタになってしまったこと

カエルがカオナシに飲み込まれたこと
くらいしか覚えていなかったので
初めて見た映画のような感覚で見ました。

私がこの映画を見終わってから
人を動かす原動力となるものがなんなのか
ということを考えていて
それを書きたくなったので、今ブログを書いています。

カオナシが金を出すので
油屋のみんなが、金欲しさに
カオナシにごちそうをこぞって運ぶ中、

主人公の千尋は
カオナシに、金やごちそうをすすめられても
「いらない」というんです。

油屋のみんなの原動力は「金」だった。
だから、金をくれるときは
カオナシを
「気前のいい客」「最高のお客様」と
ごちそうだってだすし、踊ったり、歌ったり
最高のもてなしをする。

逆に、人を飲み込んで
千にしか金をださなくなったら
カオナシは
「ひどいお客」「恐ろしい客」
となった。

人の「金」に対する欲望は膨れ上がるけど
その希望がなくなったときに
一気にしぼむ。

対して千尋の原動力は
愛する
お母さんとお父さんを助ける
ハクを助ける
という使命感
だった。

ここででてくる「金」を
日常に置き換えてみたときに
金=お金、地位、名誉、などとすると

人間は本来、
「愛する誰かを幸せにするために」
というのが一番大きな原動力になるのかなと。
そしてその愛が深ければ深いほど。

千尋は最初、臆病で、礼儀正しくもなくて
自分に自信がある感じでもなくて、普通の子
だったけど

お母さんお父さんを助ける、
ハクを助ける
という使命を背負った瞬間から

気の強そうなリンにも
怖そうな釜爺にも
もっともっと怖そうな湯婆婆にも
毅然とした態度で接し、
帰れるかもわからない湯婆婆のお姉さんに会いに行く旅にも出る。

戦争中、神風特攻隊ができたのは
お母さんと息子の絆が強く、愛が深かったから
と聞いた事があったり

結婚して、子供ができて
男はどんどんかっこよくなるとか聞いたことがあったけど
そういうことなのか、と思ったのです。

お金が欲しいとか、もっと有名になりたいとか、
あれやこれが欲しい(物欲)とか、
そういうことが原動力では弱いし、
大きな事はなし得ないんだと思います。

私がここ数年で、使命感が強くなったと感じるのは
そういう意味だったのか、というのもわかった。

家族のために、料理とか、掃除とか心をこめてする
みたいな直接何かすることもそうだけど、

子育て環境を整えるために社会に対して何かしよう
というモチベーションがあがってきたことも
愛する可愛い子供達と旦那さんがいるからなんだと気づいた

愛する誰かのために全力を尽くす人生
なんて幸せな生き方なんだろう。

家族がいることの幸せを改めて感じました。
posted by risayamashita at 15:51| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月23日

映画「玄牝」

いろんな人に薦められ、映画「玄牝」を観ました。


この映画の舞台は、愛知県岡崎市にある吉村医院。木々がこんもりと生い茂る森の中にあるこの産科医院には、「自然に子を産みたい」と願う妊婦たちが、全国からやって来るらしい。「不安はお産の大敵。ゴロゴロ、ビクビク、パクパクしないこと」と繰り返すのは同院の院長吉村正先生は、これまで2万例以上のお産に立ち会ってきたとのこと。


この映画を観て思ったことのひとつは、
自分の母親から聞いている出産風景。印象は
自分の母親のものだけでしかないということ。

誰一人として同じように産まれた赤ちゃんはいなくて
生まれてくるときには一人一人全く違ったドラマがあるんだって思いました。

私は、10歳年下の妹がいて、
妹がうまれたときは、病院で立ち会ったのだけど
妹が生まれた風景と、映画はまったく違ったものでした。


私はこのブログでは発表してなかったんだが、現在3月下旬に生まれる予定の赤ちゃんがお腹にいます。
私自身が妊娠がわかったとき、正直なところ、嬉しい気持ちよりは、不安な気持ちが大きかったのです。

仕事や、家族などいろんな理由はあったと思うが、
今考えてみれば、「産む」ことへの恐怖は不安の大きな原因のひとつであったと思います。

なぜなら、私は、母親が妹を出産する現場に立ち会ったとき
「感動した」というよりは、「こわい」という印象をもったからです。


そんな不安を和らげてくれたのは
先輩から借りた本でした。

ママを守るために生まれてきたよ!

この本を読んで、
赤ちゃんがお父さんとお母さんを選んで、
一番適切なタイミングでやってくるってことを
素直に受け止められました。

宇宙すべてが協力しなければこんな神秘な現象は起きないわけで
最高にベストなタイミングで私たちのところにやってきてくれたんだ
ってありがたく思えるようになりました。

新しい命が生まれるということがどういう意味価値あることなのか、
すごくちっちゃな視点でしか見れていなかったと思い反省もしました。


それから自分が分娩する病院をあちこち捜し歩いているうちに、
今、お世話になっている助産院と出会いました。

芽ぐみ助産院


最初電話したら「必ず見学に来てもらわないといけません」と言われて
見学にいったところ、すごくいろんなことを教えてもらえたのです。


私は最初、病院で産むのがどうしてもいやだった。
なぜなら、陣痛促進剤を使われたり、吸引されたり、会陰切開されたり・・・
私も苦しむし、赤ちゃんも苦しむお産は絶対嫌だと思ったからです。

でも、それを助産師さんに話したところ
「現代人は、病院の医療に頼らざるを得ない身体になってしまっているから
医療介入なしで出産することができないのです」

という返答がきて衝撃でした。

「腹筋がなければ会陰は切れてしまうから会陰切開するし、
身体が冷えていれば陣痛が微弱で陣痛促進剤を使わざるを得ないし・・・。」

など、自分の身体づくりをしっかりしなければ医療介入せざるを得ないし、
医療介入なしで自然にお産できる身体をしっかりつくれば
私にとっても、赤ちゃんにとっても、気持ちいいお産ができるんだ
ということを知ったのです。

そして、食べ物のエネルギーや栄養も落ち、体力も落ち、不健康的な生活を送っている
現代人は医療に頼らないでは、赤ちゃんをも産むことができなくなっている
という現状をとても重く受け止めました。

自ら選んでこわいお産をするのは絶対やだ、と思い
わたしは、自分の身体をしっかり鍛えて助産院で産めるようがんばろうと決めました。


また、同じ時期に出産する予定の友達から借りた本も
とても衝撃的でした。

えらぶお産


昔のお産はどうだったのか、とか、病院でのお産で普通はどんなかんじなのか、とか、
自然分娩でどういうお産なのか、とか、
いろいろと知っておくことで自分の選択肢を広げることはすごく大事だと思いました。


「玄牝」をみての感想は個人的にはいろいろあるんだけど、
こういうお産もあるんだ、っていうのを知るって意味もあると思います。


そしてやはり最後の場面はとても印象的でした。

病院では、死ぬことは×、生きることは○とされているが
生まれることにも意味があり、死ぬことにも意味がある、

池川先生の本にも死産で生まれてきた赤ちゃんのことが書いてあったけど
生きることと死ぬことは表裏一体で

産むってことは死をも覚悟することなんだと思いました。


この話題に入っていくと思うことがいっぱいありすぎて書ききれないので今日はいったんこの辺でとめときます。


ラベル:映画 
posted by risayamashita at 22:45| Comment(2) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする